レビュー - 星川淳 INNERNET WORKS

SF(ソウルフィクション)というジャンルができちゃうかも

内山 隆(NPO法人Soul Workひごったま代表理事)

 

すっごく面白かった! 傑作です。

 

前作『ベーリンジアの記憶』の続編というか、独立して読めるので姉妹編のような感じです。前作がディープに神話世界にトリップするものとすれば、今作は、多次元のソウル(魂)ジャーニー。

 

現代、大航海時代、氷河期、鉄砲、シャーマン、トルコ石、船、杉、太平洋、黒潮……(ネタバレしない方がいいのかな)

複数の時間、多彩な場所空間、多様な視点を経ながら、神話と現実、近代とシャーマニック、科学と幻視が入り乱れながら話が進んでいきます。

これは実際にあった!と思えるようなリアリティで、まるで口承詩を聞いているかのように描かれます。主人公たちは運命に翻弄され、苦しみ、恋し、歓び、人間臭く、また同時に神聖でもあります。

 

多次元の物語空間と、そこで必死に生きる主人公たちから浮かび上がってくるのは、時空を超えて紡がれる命の営み。人も自然も惑星も、善も悪(弱さ)も生も死も、一緒に奏でる大いなる魂の歌。まさにタマシイのイロドリ。

そして改めて今の自分がどう生きるかを問い直される。

 

予想できない展開の嵐ですが、好奇心を掻きたてられながらどんどん読み進みました。

このジャーニー、たくさんの人に体験してほしいです!

 

P.S.
これからはSF(ソウルフィクション)というジャンルができちゃうかも~。

 

 

限りなくフィクションに近いノンフィクション

稲吉優流(振付家/RAKUDO代表/柔芯体メソッド創始者)

 

限りなくフィクションに近いノンフィクション!

 

この壮大な物語を一言で表すなら、これしかない。
過去と現在が石を通じて繋がる物語。
とても穏やかな気持ちになることが出来る、不思議な物語だ。
歴史を描きつつも、生々しさを感じない読後感。これが率直な感想だ。

 

普通、小説は背景がありつつも、登場人物の心や人間関係の展開を軸に描かれる。それをドラマというなら、正確には、この小説はドラマではないかもしれない…。
なぜなら、この小説は背景(つまり、歴史そのもの)が主人公だからだ。
登場人物はその語り部に過ぎない。

 

そういう意味では前作「ベーリンジアの記憶」の方がより、ドラマティックであったかもしれない。
骨の海や「オーロラが踊ってる!」という主人公のセリフは、まさにドラマティックであった。本作にはそうした、ドラマとしてのキレやツボはあまり感じられない。

 

しかし…この物語は歴史ロマンや古代史に興味ある人には、たまらない内容だ。登場人物のキャラクターが弱く感じてしまうのも、それだけ歴史という背景が強いからかもしれない。

 

3つの青珠が人と時間を結びつける本作。
地球そのものが生命を持った「青珠」そのものだとしたら、この物語は地球の膨張と、それに伴う人類の旅を描いた壮大なスケールのドラマなのだ。

 

青珠そのものを主役として、過去と現在を結ぶこの物語は、まさに「魂彩~タマサイ」というタイトルが相応しいと思う。

 

私がもっと気に入ったのは、広島の原爆慰霊碑の前でのシーンだ。エレンのセリフはこうだ。
「戦争を生み出したブラックホールの極点に、光のホワイトホールが開いたか…もしかして、核爆発のエネルギーで次元の穴があいたのかもしれないね。これは大切にしなくちゃいけない。核兵器も戦争もない未来に通じた窓だよ」

 

これは素晴らしすぎるコトバだと思う。いや言霊と言うべきか。一番悲惨な過去を持つ土地が、一番平和を生み出す始まりの大地だという、著者のメッセージが込められている気がしてならない。

 

現実を見れば、震災や津波の傷跡まだ癒えていない。
そして、「白い民」の国は"平和の為の攻撃"を、相変わらず行おうとしている。
シリアの民間人…特に女性、老人、子供達は今、国の中にも外にも希望を見出せずに、日々を生きているのかもしれない…。
「白い民の病」はまだ治ることがないようだ…。

 

青珠が巡るように、私達の行動の全ては、地球上で繋がり、影響しあっている。だから、未来にどんな影響を及ぼすかは、私達次第だ。

 

この作品は一気に大ヒットしないかもしれないが、時間をかけたロングセラーになりうる、厚み読み応えある大作だ。
巷にあふれた読み捨てられる、陳腐な小説とは別格の作品である。

 

 

現代人の「ふかいやまい」を照らす

向原祥隆(図書出版南方新社代表)

ひと息に読んだ。

 

誤解を恐れずに言えば、アジアとアメリカ、そしてヨーロッパを結ぶ、冒険活劇であり、恋物語である。その舞台が、500年前と現代、交互に展開される。

 

両者の時間の隔たりに全くの違和感がないのは、ともに500年前の鉄砲と現代の核という、それ以前のものよりはるかに大きな破壊力を持つ武器を人間が手にした、時代の転換点だったことによるのだろう。

 

核は、原子力、農薬、重機、コンピュータ、輸送機械……、現代文明を支えるあらゆるものに置き換えてもいい。それらは巨大な力を人間に与え、逆に全てが文明の崩壊さえ予感させている。500年前も現代も、「ちから」は人間の「やまい」に繋がる。

 

本書は、現代人の「ふかいやまい」に光を当て、処方箋を訪ねる書である。

 

 

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